ショートストーリー 道 標 
 コーンサドーレッ!! コーンサドーレッ!! 

 「うるせぇな・・・」
 少年は顔をしかめ、この日18回目となる呟きを漏らした。少年時代に特有の反抗的な思考によるものだったが、本人はそれに気づかない。何分大人びてみたい年頃である。自分の不満が妥当なものだと心底思っていた。そして不機嫌になればなるほど、それ以上の不機嫌を引き寄せる要素を思い浮かべてしまう。

 彼は今、札幌ドームにいた。自宅から歩いて20分という位置だが、来たのは初めてだ。6月のワールドカップでは、すぐそばでカーンや、ベッカム、オーウェン、トッティが、そしてあこがれのバティストゥータが、真剣勝負を繰り広げていたにも関わらず、来ることが出来なかった。彼もFIFAやJAWOCによるチケット騒動の被害者だったのである。そして、幸運にもチケットを手に入れたサッカー部の同級生が間近で見てきた事を得意げに語るのを、羨望と、いくばくかの嫉妬と共にただ聞いているだけだった。

 父がチケットを手に入れてきたのは7月に入ったばかりの頃だった。「コンサドーレ札幌vs横浜F・マリノス B自由席」と刷られた紙切れを渡された時の満足げな父の顔を見て、「Jリーグかよ」と声に出さず呟いた彼は、1枚の紙切れを受け取って自室に戻った。背中から「割り当ての抽選に当たるのは大変だったんだからな」という父の声が聞こえる。振り向きもせずに生返事を返した彼はベットに寝ころび、今度は声を出して呟く。「Jリーグかよ」。
 彼にとって、Jは夢の舞台というにはあまりにもみすぼらしかった。稚拙なプレイ、パス回しが早いだけ、ミスの多いサッカー。それは「サッカー」であり、彼の求める「フットボール」ではなかった。ジャイアンツファンの父とチャンネル争いで勝った場合にだけ見ることのできる、衛星放送のスペインリーグだけが彼の欲求を満足しうるものだった。地元にコンサドーレというチームがあるのは知っていたが、TVで見る限り、わざわざ足を運ぶほどのものではなかったし、J1とは言え、今季は確か最下位だったじゃないか。
 「まぁいいや、俊輔や松田が居るしな」自分を納得させるように声に出すと現在首位のマリノスにいるスター選手のプレイを思い浮かべていた。

 彼は部活で2年生ながら10番を背負うエースFWだった。彼は校内で最もテクニックがあり、最もスピードがあった。あまり身長が高くないから、クライファートは無理でも、ラウルみたいになりたい、そう常々願っていたのだった。ところが、つい最近、監督(といってもただの体育教師だ)の意向でボランチに転向させられてしまった。どうせ、オランダに渡った小野がボランチで成功したのに触発されたかしたんだろう。ミーハーサッカーファンと噂される体育教師に対するそれは確度の高い推測だった。が、彼はラウルにはなりたいと願っていたけれど、グアルディオラにはあまりなりたいと思わなかった。点を取りたい。ゴールしたものこそがヒーロー。そんな考え方が普通と思っていた。第一、小学生でサッカーをやりはじめた頃から、FWかオフェンシブハーフしかやったことがない。

 「うるせぇな・・・」19回目だ。今コンサドーレがちょっとしたチャンスを迎えていたのだった。結局ボールはゴールラインを割る。ゴールキック。
 試合内容はあくびの出るほど退屈なものだった。前半早々にマリノスのFWウィルがフリーキックを直接決め、0−1でマリノスがリードしている。それ以降はお互いに対したチャンスも無く、ただだらだらと時間を浪費しているように見える。お目当ての一人だった中村俊輔は、イタリア移籍が決まってチームを離れていし、日本代表の松田や波戸もミスをしているが、それ以上にコンサドーレはミスをしていた。デコの広いキャプテンはボールを奪ってもパスミスをしているし、FWはまともなポストプレイになってない。他の連中もさほど変わらず、まともなのは10番つけているボランチとGK、それに外国人くらいなもんだ。心なしか、横で騒いでいる連中もトーンダウンしている。中には元気なのもいるが、あと15分しかないのに、いい年こいてなにやってんだろうなと思った。
 もういいか、帰るかな。出口は混むって聞いたし、ちらほらと帰る人の姿も見える。このまま試合は終わるだろうし、最後までいる義理もない。

 決めかねているとまた大歓声が響いた。ドリブルで突っ込んできたコンサドーレの選手がペナルティエリアで倒されたのだった。「PKだ!」と大騒ぎするゴール裏の思いを断ち切るかのように、主審はイエローカードを出した。「今のでシミュレーションか・・・」少し彼にも納得のできかねる裁定だった。倒れた選手は抗議もせずに起きあがってまた戻っていく、淡々としていた。審判に食ってかからないのは中田みたいでちょっと格好良いかな、自分も今度そうしてみようか。確か去年のJリーグ新人王・・・自分とは6つしか離れていない若い選手。購読しているサッカー誌によると、攻撃的MFだったのに、監督にボランチ転向を言い渡された、可哀想な人・・・自分と少し重なった。
 その時、背中を向けて戻っていく10番がこちらを振り向いた。一瞬だが目があった、そんな気がした。あんな遠くなのにそんな筈は無い。けど、10番の何か強い意志のようなものを感じた事に、彼自身ひどく驚いた。「最後まで・・・」消極的な理由で帰ろうとしていた彼は、さほど積極的とも思えない理由で行動宣言を撤回した。あの10番が何をするつもりなのか、ちょっと見てみたいと思ったのだった。帰ってもする事は無いし、チケットももったいない。このあたりの感覚は、全くもって中流家庭に育った子供らしい考え方だった。

 残り5分。マリノスの攻勢が続いている。得点したウィルに代わって入った、移籍してきたばかりという選手がコンサドーレゴールを脅かしているらしい。反対側のゴール付近で試合が進むため、あまりよく見えない。時折ボールを奪って攻めようとするコンサドーレのボールは、だいたい中盤でカットされていた。その度にあの10番はボールを奪いに行く。その繰り返し。「ああ、惜しい」いつの間にか、彼の目は10番の動きを追っていた。
 あと3分。ロスタイムが表示された。札幌の声援はもう悲鳴に近い。だが、20回目の「うるせぇな」は生まれなかった。彼は今や、自分でも不思議に思うくらい目の前の試合に引き込まれていたのだった。TVでリーガエスパニョーラを見て、ラウル擁するレアル・マドリードのゲームを見ていても、こうなったことは無い。固唾を飲んでピッチに視線を送り続けている。

 突然だった。相変わらず押し込まれているコンサドーレは、再度マリノスの攻勢を受けようとしていた。ボランチの選手から、トップ下のソックスをルーズに履いている選手にパスが流れるように渡る。しかし、反転して前を向こうとしたその選手に対して、コンサドーレのデコ、いやキャプテンが立ちふさがった。かわそうとしたルーズソックスと、デコの足がボールに当たり二人は縺れ倒れる。ボールは転々と転がり、そしてそのボールを素早くさらったのは、コンサドーレの10番だった。

 ファウルか?いやホイッスルは鳴らない。10番は最前線でよくわからないパスを出していたFWにパスを出す。受けたFWはワンタッチで素早く左サイドを駆け上がろうとしていた外国人に繋いだ。続けて、左サイドを素早く駆け上がってきた選手に当ててワンツー。波戸をかわした外国人は柔らかいクロスを上げる、中ではファーサイド、フリーでFWが1人。外国人がドリブルをした分、マリノスのDFは増えているが、先程ポストプレイをしたFWも上がっている、これで二人。

 マリノスの松田がクロスに対して競りに行く。後ろから上がってきたFWも負けじと競る。松田の予測より少し長かったボールは、頭上を越えてコンサドーレのFWの頭に吸い付くように当たった。しかしそのボールはゴールに向かわず、横、それも斜め後ろに向けて落とされたのだ。そこに猛然と走り込んできたのは10番だった。左足で絶妙にトラップされたボールは、半瞬の後、間髪入れず振り抜かれた右足でゴール左隅に蹴り込まれていた。

 「あ、入る」思わず中腰になっていた彼は左サイドからクロスが上がった瞬間、そう呟いた。その一瞬後、目の前で起こった事態を知覚した人々から発せられた喜びの声は火山が爆発したかのような轟きとなって彼の周囲を支配した。彼も立ち上がって、何度も拳を握りしめていた−−−−

 翌日、部活に出た彼は紅白戦において少年らしい単純さで(本人は否定するかもしれないが)、意欲的にボランチを勤めた。彼のイメージ通りに味方は動いてくれず、また自分の手足も異なるポジションに際して思うようにはならなかったが、一度だけ彼がシュートを放つシーンを作ることが出来た。今の彼はそれで満足だった。脳裏に焼き付いているあの10番のようになるための時間は、まだまだいくらでもあるのだ。今日はその第一歩だ。
 見上げた快晴の空に広がる可能性。彼は未だ年若く、独力で何かを為すことは難しい。しかし昨日、彼は確かに掴んだのだ、身近な所で輝く新たな道標を。

あとがきのようなもの
 何をトチ狂ったか、突然こんなストーリーを書いてしまいました。途中で使われているこどれさんの書いたイラストをみて、思わず頭の中でシーンを構成してしまい。少年というキャラクターを通じた視点での簡単なストーリーに仕立て上げてみました。
 いかんせん、こんなものを書いたのは初めてでして、少年の心理描写がイマイチ伝わって来ない文章になってしまいましたが、まぁとりあえずという事で。
 なお、お気づきでしょうが、文中に出てくるゲームは明後日のゲームの事なんですが、同点以後の様子等、あえて結果は書いていません。少年にとってはこの後起こった出来事なんてどうでもいいという観点からカットしているのですが、まぁ、現実は私にとって気持ちいい結果になってくれればなぁと思います。出来れば、もっと楽な展開だといいんですけどね。(2002/7/22)

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